2006年08月03日

原爆投下日への祈り

映像の中
人が人として
朝を始める

閉じこもっていた
場所から
はい出して
伸びをする

朝ごはんよ
遅刻する
いってきます
遊ぼう……








私たちは知ってた


そのはるか上で


すべてを


消してしまう


“そいつ”が






止められないまま 落ちていくこと





叶わないことは知っていた
届かないことはわかっていた
それでも声を限りに手を伸ばして





理不尽な過去を 激しく呪う










爆風


血肉の


蒸発













何度も。








映像の中で
時は逆巻き
繰り返し
繰り返し


止められない
“あの時”が
やってくる








私は
あたしは
嘆かずにいられない








どうして焼夷弾じゃだめだったの
どうしてその場で殺してくれなかったの
どうして生き延びたことを悔やませるの
唐突な あらん限りの苦痛で














15年かけて
執拗なまでに
刻まれた
“あの日”は
泣いても
喚いても
覆らない

ただ
未来に
“あの日”を
見ないよう
叫ぶことしか





あたしの祈りは
そういう
自己満足なものなのだ




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詩にしかならない言葉って、あるのですよ。

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posted by 藤本 at 22:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 創作
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