2006年11月24日

ライトノベルにまつわるいくつかの妄想。

オンライン小説書きの藤本です。


もうちょっと理論だってから書こうかとも思いましたが、

ミクシィの日記は割と早く消えるようなので

こっちに引き写すことにしました。

以下、ライトノベルと卒論にまつわる妄想の数々です。


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2006年11月15日10:53 おなかいっぱい読みましょう。

卒論は、ひとまずライトノベルの類型化と、
ネット小説へのフィードバック、マーケティング戦略、
ジェンダーと作者と作品分析その他もろもろ、
ということにひとまず決定。


もちろん全部扱えるとは思っていないが、
出だしは一緒だし大風呂敷でいっとけ、ってことで。
題目変更は締め切り1月前まで何とかなるところが
うちの素晴らしいところではある。


ともかく雑誌記事を集めて、
ライトノベル関連書籍を手に入れて
何より大量にライトノベルを読むことは決まり。


斉藤美奈子の本を読みながら
ライトノベルを扱うための学問的理論武装(笑)を考えて
後は有名なサブカルチャー作品や古典や児童文学を
知っておかねばなるまいな。
何せエヴァも見たことないですから!(えへ


資料代が怖いことになりそうだ。
でもまあ、作家修行の一環でもあるから、
投資としては安いのかな。



2006年11月16日22:04 メモ:BMGの条件

・出会いは衝撃的に
・大きな事件の中心に立つ
・深い心情を吐露しあう
・離れ離れになる
・追っ手から一緒に逃げ回る
・数日(数時間?)で離れがたくなる


「大きな事件」と「数日」って条件から
ミルマラは外れているんだよな。
あ、「深い心情」も考えたらないや。


まあ、もともとの出だしが
大きく食い違う思考同士のすれ違いと
過去を思いつめすぎた娘の執念と
慣れ合おうとしない少年少女の交流だからなー。
そもそも原風景に少年いなかったしなw


十数日かけて降り積もった想いが
クライマックスで弾け飛んでしまうような
そういうものにしたいのだけど……
出だしが地味くさいのはどうしてくれよう。





2006年11月17日07:38 思いつきメモ:少年と出会う『少女』

少年が出会った『獣耳』の少女

・FF7のエアリス
・ラピュタのシータ
・もののけ姫のサン
・デルフィニア戦記のリィ
・TOTAのティア
・エヴァンゲリオンの綾波レイ
・フルメタル・パニックの千鳥かなめ


なぜ少女が『獣耳』=一般常識から大きく外れた存在でなければならなかった?


ボーイ・ミーツ・ガールは
「少年が少女と出会って(少年が)成長する話」?
「少年と少女が出会って(互いに)成長する話」ではなく?

スレイヤーズ!=ガール・ミーツ・ボーイ?


描かれなかった?少女たちの成長

勾玉の少年たちは『獣耳』

FF10は互いが異文化

(セブンス・タワー)
(業多姫)


封仙はボーイ・ミーツ・ガールか?


『チャンバラ』で戦うことができなければ少女は主人公になれないのか?
(例外:棄てプリのパシフィカ)
『チャンバラ』で戦うことのできない少年は主人公になれないのか?
(最初から最後までという条件で)
(面白いかどうかはともかく)


以上、思いつき。
修正案はお早めに。


2006年11月17日17:15

そういやシュウちゃんは戦えなかったね。
やはりセカイ系の罠にはまってしまうのか?

『七姫物語』とかの知能戦も楽しそうだよね。
自分が書けないから余計に。


2006年11月18日18:57

>『戦闘美少女の精神分析』とかどうですか
あ、うっかり通り過ぎて名前も忘れて買えなかった本だ。
ありがとう。

それにしても、「主人公」って言い方はまずかったかな。
読んでいないけど『ネガティブ・ハッピー〜』とかあるもんな。
ここは少し考えよう。




2006年11月19日12:11 妬ましい方。

西尾維新とライトノベルを比較する雑誌記事を読む。
それはいいが西尾維新を読んでいないので比較して
ライトノベルの定義(?)が妥当かわかりづらい。
だめじゃん。

西尾維新と舞城王太郎とか佐藤友哉とかとの
比較、という記事も関連して読んだのだが
この方面に今はあまり興味がないことがわかった。
卒論とは別の意味で興味はあるから借りると思うけれど。

ライトノベルに関してだけいえば、
キャラクター描写の中に偏在しているかもしれない
ジェンダー・バイアスに興味があるのかな、たぶん。



2006年11月21日10:11 一息つく。
テスト明けでふらふらしながら『メタル・マクベス』を見る。
2206年と1986年が交錯し、交じり合い、
悲劇でありながら予想もしない位置から笑わされた。


言葉による何の説明もないのに、
異なる時代異なる人物が違和感なく入れ違う。
クライマックス、ランディとマクベスは完全に重なり
「陸の上の鯨」によって果てていく。
そのことに、観客は何の疑問も感じない。


視覚だからできることだよな、と思う。
小説では語られるまでそこに何があるか
読者にはわからないから。
逆に、それをうまく使ったのがカフカだと、
言っていたのは誰だったっけ?


それでも、視覚中心の語りを
そのことによって生まれた面白い物語を、
取り入れようとしてできたのがライトノベルかな、と
(だからどうしたってイラストが必要なのだ。
文章だけでは足りない言葉を一瞬で補完するために)
半端な知識をつけた半端ものは
流れを無視して考えるのだ。




2006年11月23日18:38 ライトノベルと児童文学

ある意味では読者層が重なっているこのふたつ。
片方は単純に成長を描くことができなくなり、
片方は「知識」を前提とした語り方で煮詰まって、
ついには「読み手」=「書き手」となって
面白いと思う似たような話を再生産し続ける……


というイメージをふと抱いた。
いや、書いていて自分でもわからないのだけれど、
少女向けレーベルのべたべたなライトノベルが
呼応する部品を計算して組み立てた建築物に見えて
それを読者が「解体」して「再建築」している様が、
何となく物悲しく感じたのだ。


児童文学とライトノベルの歴史を概観する資料が
手に入ったので、
比較しだいではとんでもないところへ
行ってしまうかもしれない。
男性・女性作家による男性・女性キャラの作り方、を
やりたかっただけだったはずなのだけど……
多用する記号に傾向はあるか、とか。
少年向けレーベルと少女向けレーベルでの違いは、とか。
手間かかる割に答えが出るんだか出ないんだか。


今後の創作の足がかりに、なんて
下心があったのがまずかったんだろうか。
――いや、単に物知らずなだけだな。




2006年11月24日15:26 ポストライトノベル

小説tripperの特集「ポストライトノベルの時代」他を
ぱら読みする。
大塚英志とは興味がまるで異なるな、と知る。
結局人物像の描かれ方、
キャラ(あるいは属性)から構築されたキャラクターの
描写とか何とかに興味があるんだよなあ、と思った由。


ライトノベルはジャンルを横断する、と
資料を見ていくとよく目にするのだけれど、
人が面白いと思う(消費する?)「お話」の素で
ライトノベルが構築されているからじゃないか、と
これは日頃感じることの言語化。
ライトノベルは構築するもの、というのも。


ネット小説はそのことをうすうす気づいていて、
だからヒット作が出るたびそれを模倣する作品が
ぞろぞろ出てくるのかなあ、ってのは戯言。


売るためのお話作り、というのが、
いつの間にか私の中には巣くっていて、
小説を書く意味だとか「文学」論議だとかに
いまいち熱中できないところがある。
今のところは。
「1000の小説とバックベアード」を読んだらまた変わるかな。


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posted by 藤本 at 22:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | ライトノベル卒論
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