オンライン小説書きの藤本です。
予習を待っているフランス語を横目に、ライトノベルにまつわる言説を漁っています。
ググっても出ない場所になんでこういろいろあるかなorz
国立国会図書館雑誌論文目録には13っきゃなかったから甘く見た。
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言説の中には「軽い小説って何だよ! 俺は真剣なんだ!」という意見もあって、
まーそりゃそうだ。作るのって苦労するし
毎回良質を求められるんだからプロ意識高くないとやっていられないのに
軽く読み捨てられるなんて不当な扱いだわな、と藤本も思うのです。
ただ、藤本にとっては
「大人社会」で軽く見られがちなことを大真面目にやる、という意味で
Light Novelなんですよね、やっぱり。
後はまあ、大学以降ですけれど、現実忘れさせてくれってのも少々。ははは。
宮川健郎『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)で
子供(10歳くらいまで)の読書には「歴史性」というものがないのでは、
つまり80年代アニメも大正時代の童話も携帯用ゲームも
共時的な一線で並んでいるのではないか、
ならば(詳しくは本を読むべし)「現代児童文学」が消滅の危機にある今、
子供たちが物語を受け取るその現場へ向かうべきだろう――という話がありました。
で、ですね。
ライトノベルはその「子供たちが物語を受け取る現場」から生まれたものじゃないかと藤本は思うのですよ。
それこそ特撮でもアニメでも漫画でもゲームでも、もちろん小説でも。
ネット小説(同人小説)だろそれは! と言われたら、そうとも言うとしか言えないのですが。
少なくとも、「こうして小説という形で遊べるのだ、遊んでいいのだ」と
藤本に教えたのは少年向けライトノベルでしたから、そう感じてしまうのです。
折りしも一億総作家(化可能)時代で、ネットとメールができれば発表は簡単だったしぃ。
ちなみに少女向けライトノベルに触発されなかったのか、といったら
おなじみ『十二国記』に引きずられて書いていたりしたんですけど。
でも一番罪深いのは「ろくごまるに」なんですよ。藤本の中で。
あのどんでん返し重視かつ簡易なのに真似できないノリは麻薬でしたよ実際。
えーと、何が言いたかったんだっけ?
……何もないのか。そうか。
ああ、「当たり前に消費すること」か。
消費するのが当たり前、という悲しい道筋を通されたライトノベルを
なんで卒論でやろうと思ったんだっけ、って思ったんだ。
藤本はライトノベルを、
「ほかのジャンルの作品を消化した作者が生み出したもの」だと思っている。
だからライトノベルだけを消化して書いたものは「ライトノベル」とは言いたくない。
まあ、純粋にライトノベルにだけ接触するというのも難しいだろうけれど。
ライトノベルの中には、たくさんの「他ジャンルの作品」が詰まっている。
その仮定をおいた上で、
ライトノベルには何が遺されているか? 消されているか?
変容させられ、引き継がれていったか?
ライトノベルと一般小説が「違う」と思ってしまうところはどこにあるのか?
結局、それを見てみたいのだと思う。
藤本の専攻ってば文学じゃなくて情報文化なんだけどなあ。
まあいいか。
2006年12月14日
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